くるみガラスのこと
「いま、ちょうど季節だから、本物みたいでしょ?」と将樹さん。
工房の裏手に案内してくれます。
近づいてみて、驚きました。
こんもりと茂る森のように見えたのは、1本の大きなくるみの木でした。
大振りの梅かと思うような、まあるい、青い実がなっています。
「この表面が、だんだん茶色くなって崩れると、中からくるみの殻が出てきます」とのこと。
それにしても、立派な木と実です。
地域の名産であるくるみは、比較的大ぶりで、評判も高いそう。
そのくるみを作品に活かせないか、と思い立ったのは、
この地でガラスづくりをする意味を模索していた時期だそうです。
「焼き物などと違って、ガラスにはその土地の個性っていうものが出にくいんですよ。
それで、この土地でガラスをつくる意味というか、
土地の個性を持たせたいと試したもののうちのひとつが、くるみガラスでした。
陶器にかける釉薬にも灰を混ぜることがあるんです。『灰釉』って言ってね。
そもそも釉薬はガラス質のものなんです。
だから、ガラスに灰を混ぜる、というのも、昔から行われてきた至極自然な技法なんです。
ただ、くるみの灰がこんなに綺麗な色になるっていうのは、うれしい発見でしたね」。
そしてでき上がった、「くるみガラス」は、
海野宿の通りに似合うような、素朴な風合いが魅力です。
そして、その素朴な風合いこそは、
毎日の生活で使えるものを目指す橙さんのガラスにぴったりなのでした。
横浜にあったというガラスメーカーで働いていた頃から
独立するなら都会ではないところで、と考えていたおふたり。
それは、生活の延長線上にあるガラスづくりを常に意識していたからのようです。
「ここに来てからは、細かいやりたいことの連続でした。
例えばこの物件は、前に住んでいたおじいさんが亡くなって10年以上も放置されていたんです。
だから家具から入れ歯まで残っていて(笑)。それを片付けるところから自分たちでやりました。
大変でしたけど、思い通りにできるのはすごく楽しかったですね。
器づくりに関しても、ここにいるとすぐ隣に生活があって、
こういうものがあったら便利だ、とか、この料理を盛るならこんな器だ、とか、
実際の暮らしと直結する作品をつくることができるんです。
都会にいたときにつくっていたのは『商品』でしかなくて、
自分のつくったものが食卓に並んでいるところをイメージできなかったんです。
今ではつくりたいものがたくさんありすぎて、追いつかないほどですよ(笑)」。
そうして、日々の暮らしの中から生まれたアイデアはお店やカフェに見つけることができます。
ドレッシング入れ、ピッチャーに、砂糖壷、大小さまざまなお皿に鉢、グラスの数々。
涼しげな季節のお飾りや、アクセサリーもあります。
どれもこれも、「どうやってガラスを生活の中に取り入れてもらうか」という、
将樹さんの試行錯誤の結果。
でも、試行錯誤なんて言うと、大げさかもしれません。
奥様と、ふたりのお子様がいて、日々の生活を送り、ともに食卓を囲むなかで、
ときには地域のお客さんと語らう中で生まれる「こんなものがあったらいいね」というアイデアを、
楽しそうに実現している印象でした。
そして生活の中で無理なく生まれた形は、必然的に使いやすくもなるようです。
カフェで実際に使われているコップの口当たりの良さや、中身との相性の良さ。
その厚み、手触り、サイズ感、くるみのやさしい薄緑。
手にした瞬間に気が付く、いくつか重なる細かな「使いやすい」という感覚。
将樹さんが求め続けている、暮らしに寄り添うガラスの器が、
確かにそこにはありました。
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1.くるみガラスの工房を訪ねて・職人さんのこと |
2.くるみガラスのこと
3.くるみガラスができるまで -前編- |
4.くるみガラスができるまで -後編-