家事問屋の工場(こうば)を訪ねて | 工房訪問 | cotogoto コトゴト- ページ2

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家事問屋の工場(こうば)を訪ねて

2. 使い手目線が生まれるまで


燕三条の田園風景

▲訪れたのは、ちょうど田植えの時期。田んぼの向こうに、工業団地が見えます。

ミネックスメタル

▲「オーバルすくいザル」などをつくる、「ミネックスメタル」。約30人程度が働く工場ですが、久保寺さん曰くこの地域では大きい方だそう。

せきかわ工芸

▲「じょうご」をつくる、「せきかわ工芸」。
一見、民家や納屋のように見える大きさの建物です。

東京から新幹線で約2時間。
「日本有数の金属加工の産地」と聞くと、
もくもくと煙を上げる巨大な工場に埋め尽くされた姿を想像しますが、
降り立った燕三条地域は、意外にものどかな田園風景が広がり、
所々に小さな工場らしきものが建っている程度。
工業団地と名が付く地域でも、流通センターのような倉庫以外、
大きな建物は見当たりません。

「燕三条では、古くから分業制でものづくりがされてきました。
一つ一つの会社は、家族と数人の従業員でやっているような、小さなところが大多数。
『人口比あたりの社長の数が、日本一多い町』なんて言われ方もしますが、
工場(こうじょう)というより工場(こうば)と呼ぶにふさわしい、
小さなメーカーばかりなんです」と、久保寺さん。

寿金属


そもそも、燕三条地域の金属加工の産地としての歴史は、
江戸時代初期まで遡ります。
言わずと知れた米どころの新潟ですが、
この地域は近くを流れる信濃川が度々氾濫し、農家の生活は不安定でした。
そこで副業として、当時の日本で家屋の建築などに不可欠だった
「和釘」の製造が奨励されたのです。
また近郊で良質な銅が採れたことから、煙管(キセル)や刃物の生産も行われました。

明治時代に入ると、文明開化により食のスタイルが西洋化。
一気に需要が増えた、カトラリーなどの金属製洋食器の生産を開始します。
戦後は、当時まだ新しい素材であったステンレスの加工にいち早く着手。
燕市では金属洋食器や台所用品、
三条市では作業工具や刃物を中心に製造し、日本の高度成長期を牽引します。
こうして、長年に渡って蓄積された技術を武器に、
時代に合わせて柔軟に変化対応することで成長してきました。

近年では、ノーベル賞授賞式の晩餐会で使用されるカトラリーや、
デジタルオーディオプレーヤー「iPod」のボディーを
ピカピカに磨き上げる「鏡面仕上げ」など、
世界が注目する技術が集まっています。
海外でつくられた安価品との競争は厳しくなるばかりですが、
質の高さで活路を見出しています。

使い手に寄り添う土壌

下村企販


家事問屋を手がける下村企販は、
燕市内に社屋を構え、キッチン用品の企画・開発・販売を手がける「産地問屋」です。
メーカーがつくったのものを買い付け、小売店などに卸売りをするのが問屋。
なかでも産地問屋の場合は、地場のメーカーがつくるものを中心に集め、全国のお店に卸します。

そんな下村企販のルーツとなるのが、1957年に設立されたメーカー「下村工業」。
下村工業は、包丁など刃物の製造に優れ、
日本で最初にステンレス製の包丁をつくった会社の一つでもあります。
そして、下村工業の問屋機能として1973年に独立したのが、現在の下村企販です。
元々は下村工業の商品だけを扱っていましたが、
燕三条でつくられているいいものを教えて欲しいという取引先からの声に応え、
徐々に下村工業以外の商品も仕入れるように。
こうして、70年代後半頃から産地問屋としての性質を帯びるようになります。

下村企販では、長らく会員向けに商品を販売する、
生協やカタログ通販会社が主な取引先でした。
仕入れた商品だけでなく、卸し先の要望を元に下村企販で企画し、
燕三条のメーカーにつくってもらったものも販売。
「生協やカタログ通販って、
会員制なのでお客さんの声が上がってきやすいんです。
時には苦情の声をいただいてしまうこともあり、
1件のクレームで商品回収に追い込まれることも。
そのくらいお客さんの意見に敏感でいなければいけない世界だったので、
どんな小さな声にも真摯に対応して、改善を重ねてきました」。
品質の高さに常に気を配り、使い手の声に耳を傾ける精神は、
こうした環境の中で育まれてきたのです。

お客さんの声から生まれた自社ブランド

ありきたりを使いやすく


2010年頃から、下村企販は生協やカタログ通販だけでなく、
別の層のお客さんにも商品を届けられないか模索をはじめます。
そのために、毎年東京で開かれ、セレクトショップなどのバイヤーが多く訪れる
国際展示会「インテリア ライフスタイル」への出展を目標に掲げ、
そこで紹介できるような自社ブランドを発足させることにします。
それが、家事問屋のはじまりでした。

2014年冬。久保寺さんを含む社内3人でチームを立ち上げます。
商品は、一部新たに開発したものもありますが、
多くは下村企販として元々販売していたアイテムから厳選し、
統一感が生まれるよう、仕上げの加工などを微調整したものです。
「もっと小さくして欲しい、持ち手を長くして欲しいなど、
常にお客さんの声を受けて改良を続け、
長いものだと20年以上に渡って売れ続けてきた商品ばかりなんです。
商品として完成されたものを出しているという自負はありました」。

展示会のブース

▲小泉誠さんデザインの展示会ブース。

その一方で、これまでセレクトショップなどでの販売はなかったため、
どうしたらバイヤーたちに興味を持ってもらえるような
見せ方ができるかは不安だったと言います。

そこで、以前より付き合いのあったデザイナーの小泉誠さんに相談。
商品やパッケージなどの見せ方についてアドバイスを受け、
ロゴや展示会のブースもつくってもらうことになりました。

商品パッケージ

▲シンプルで洗練された印象の商品パッケージ。

小泉さんは、小さな箸置きやキッチンツールから
大きな建築や空間デザインまで手がける、人気のデザイナー。
しかし、デザイナーが関わっていても、
家事問屋の商品やロゴなどは、過剰に飾り立てられた印象は受けません。
ただ無駄がなく、洗練されています。
「あくまでも小泉さんは、悩んだときに意見を伺う
アドバイザーのような立ち位置。
商品には余計な化粧を施さず、
ありのままの“もののよさ”で勝負したいと思っています。
そもそも家事問屋は、“誰の”というわけではなく、
お客さんの声から生まれた商品の集合体ですから、
デザイナーの名前で売るのは違うかなって」。

機能性に焦点を当てたシンプルな見せ方をすることで、
商品そのものの魅力が明確に。
2015年夏。念願の展示会に初出展し、
全国のセレクトショップで取り扱われるようになるのです。

かゆいところに手が届く商品群

小分け調味ボール

▲すべて直径10cm以下の「小分け調味ボール」。

現在、家事問屋の商品数は71アイテム。
そのすべて(部品などを除く)が100%燕三条産で、
素材は、産地が得意としてきた鉄・アルミ・ステンレスに限定しています。

また、小さなサイズのものを多く扱っていることも特徴。
例えばボールなら、世の中の売れ筋は20cm前後の大きめのサイズ。
でも、小さいものだって本当は便利だし、必要としている人がいるはず。
そう信じて、あえて10cm前後の小さめサイズを中心に展開しています。

当初は、子どもが大きくなって家を出て、
夫婦2人の暮らしに合わせた小さなキッチンツールが欲しいと思っているような、
久保寺さんの親世代を主なターゲットに考えていたそう。
しかし実際に販売してみたところ、
もっと幅広い層から支持を集めることができたのです。
マンションの限られたスペースで、収納に悩む若い夫婦や、
子どもの小さなお弁当づくりに励むお母さん。
道具の専門性の高さに心をくすぐられた、料理好きの男性たち。
「『こんなものが欲しかった!』というお客さんの声を聞くと、
やっぱり嬉しいですよ」と、顔をほころばせます。

せきかわ工芸・社長の●●さん

▲「じょうご」を手がける、せきかわ工芸・社長の関川正幸さん(左)と、久保寺さん。顔を合わせると、つい話が弾みます。

とは言え、そんな家事問屋の商品でも、
時にはクレームの声をもらってしまうことが。
そんな時には、すぐに車を走らせてメーカーの元へ。
どうしたら改善できるか、膝を突き合わせて相談するのです。
「こうしたスピード感のある対応ができるのは、
僕たちが産地の問屋で、同じ産地で商品がつくられているからこそですよね。
海外でつくられている商品なんかでは、絶対にできないことです」。

解決策が見つかったときには、仕様変更も厭いません。
仕様を変えれば、パンフレットをつくり直すなど様々な手間や経費がかかります。
しかし、家事問屋はお客さんの声から生まれたブランド。
使い手の声に寄り添い続けることこそが、存在意義なのです。

商品を知り尽くすプロ

終始いきいきとした表情が印象的な久保寺さん。
商品について質問すれば、
生き字引のようにすらすらと答えてくれます。
「つくり手はつくり方のプロ、売り手は売り方のプロ。
だから僕たち問屋は、商品を考える人として
商品を知り尽くしたプロを目指さなくちゃ」と、
熱い想いを滲ませます。

久保寺さん

▲商品のことを嬉しそうに話す久保寺さん。

久保寺さんは1999年に下村企販に入社。
営業部で20年近く働き、現在は家事問屋のチームを束ねています。
家事問屋の旗揚げから3年が経ち、取扱店もどんどん増えていますが、
現在でもチームのメンバーは、営業部の中のたった4人。
営業だけでなく、商品企画まで一手に行っています。

家事問屋の実験風景

▲家事問屋のチームの皆さんで、商品の実験中。左から久保寺さん、山宮ゆう子さん、高畑杏子さん、星野健さん。

「他社であれば企画部の人がやることなのでしょうが、
下村企販では、営業部の人間が商品も考えるんです。
直接売り手の人の要望を聞いて、その足でつくり手のところに行って、
『こんなものもつくれないかな?』って相談できるので、話が早いんです」。

自身も料理好きで、毎日台所に立つそう。
家事問屋として最初に発表した商品の一つである
フチの返しがないボール「下ごしらえボール」も、
普段フチが巻かれたボールを使って感じていた、
久保寺さん自身の不満を解消するためのものでした。

「周りから、お前はいつも楽しそうだなあって言われるんです。
当たり前じゃないですか。
だって、自分がつくりたいものをつくれるって、幸せですもん」と満面の笑み。

使い手の声にまっすぐに。
その姿勢は、まず自分という一番身近な使い手の声に
正直であることからはじまっているようです。

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