釜定の工房を訪ねて | 工房訪問 | cotogoto コトゴト - ページ3
配送休業のお知らせ / 再入荷お知らせ誤送信について
シェアする:
シェアする:

3.理に敵った技術、時が選ぶデザイン

釜定のアイテム

▲「僕が盛岡に戻ってきた頃は、盛岡で一番劣悪な労働環境の工場と言われていた」と笑って話す宮さん。

細かくて複雑な鋳型づくり、危険を伴う溶解、
木炭を使う「焼き抜き」。
伝統的な技法を継承しつつ、宮さんの代になってからは
より適切に、より高い品質を目指すため、
伝統を超える革新も行ってきました。
「建物は1代目からですが、
ほとんどの道具は僕の代になってから。
溶解もそれまではこしきだけだったのを、
温度管理しやすい高周波炉や
溶解量が多い坩堝炉を入れたり。
大きな技術の体系はまったく昔の通りですが、
機械や道具でできることはどんどんやって、
手でしかできない部分は昔からのスキルを活かす。
『手仕事だから素晴らしい』とよく言うけれど、
機械でやった方がより早く正確にできる部分は、
どんどん使っていかないと」。

南部鉄器づくりに欠かせない木炭についても、
「今現在は木炭が一番扱いやすいと言えるけれども、
これから森林資源が減っていくことを考えて、
木炭に代わる方法も研究しています。
昔の人の知恵は素晴らしいけれど、
残念ながら環境が変わってしまっているため、
同じようにはなかなかできない。砂や漆も同じです。
なるべく昔の原理を理解して、
それを今に再現するにはどういう方法があるかを絶えず
追い求めていかないといけないと思います」と宮さん。

自家発電機

▲高周波炉を使うために導入した自家発電機。

自家発電機

▲温度管理が正確にできる電気炉。

こうした考え方は、鉄の成分管理についても当てはまります。
一言で「鉄」と言っても、含まれる炭素が約2%以下なら「鋼(はがね)」、
2%以上なら「鋳鉄(ちゅうてつ)」と別物。
鋳造に使われるのは鋳鉄で、
含まれている五つの成分、炭素、ケイ素、硫黄、リン、マンガンの割合によって、
その鋳鉄の性質が変わるのだとか。
「成分管理が大切なんです。見た目にはわからなくても、
でき上がったものの錆びやすさや焦げつきやすさ、
それだけでなく食材の焼け具合や湯の沸き具合も違ってきます」と宮さん。
そのため、釜定ではさまざまなデータや試験をもとに、
各アイテムについて一番適した配合を確立。
さらに、溶解方法によってその成分が微妙に動いてしまうため、
溶解方法ごとに成分の配合を変えるほど、管理も徹底しています。
成分管理をきちんとやることで、
アイテムについてのクレームはほとんどないのだと言います。

理の通らないことはダメ

張り紙

▲工房に貼られていた心得に、宮さんのものづくりへの取り組み方が表れています。

「『工芸』をやってはいますけど、やっぱり鉄っていうのは一種の化学ですし、
工業製品だったらものすごく厳しい強度を要求されるでしょう?」と言う宮さん。
大学、大学院とデザインを学び、24歳で盛岡に戻ると、
職人の経験と勘だけが頼りの昔ながらのつくり方を少しずつ見直していきました。
「昔の職人は、朝から晩までつくっていたんですよ。
経験だけでも僕らの倍はやっているわけです。
でも今はそんな労働環境はできっこないんで、足りない経験は知識で補うしかないなと。
それと、経験と勘だけでは理に合わないことも多いなと思ったんですね。
きちっと理に敵ってこそ、納得して前に進めるから、
わからないことは明らかにしてしまわないと気が済まなかったんです」。
錆びにくい鋳鉄の配合や温度管理、昔ながらの技術の根本にある原理など、
本を読んで調べたり、大学の研究室に行って泊まり込みで教えてもらったり、
とにかく学べることは漁るように勉強したと言います。
その結果、研究機関と共同で、錆び止めのための熱処理の特許も取得するほど。

そこまでやるのは、ひたすら品質に正直であろうとする想いから。
「一生ものと言われる鉄という素材を相手にしていると、
鉄器にする際も、一生もつように丈夫にしないといけない。
50年100年というスパンでものごとを考えてしまうんです。
そして、『あそこのものは大丈夫だよ』っていう信頼は、
何十年何百年かかって、こつこつ積み上がっていくもの。
デザインは人知では計りづらいけれど、そうした品質は冷徹な事実なんです」
と言う宮さんの言葉からは、芯の通った覚悟を感じさせられます。

ずっと見ていても飽きないデザインを

工芸意匠室

▲店舗に直結する事務所のドアには「工芸意匠室」の文字が。

「センスがなくても、しっかりしたものをつくれば食っていける」
と宮さんは笑いながら言いますが、
釜定のアイテムはどれも、デザイン性にも定評があります。
現在でも1代目、2代目の時代に生まれたアイテムもつくり続けていますが、
取捨選択を経て、時代をくぐり抜けて残ってきたものばかり。
「おかしなもんで、長い間見ていると、飽きてくるものとこないものがあるんです。
10年20年じゃない、1代2代かかって残ってきたものは、普遍的なよさがあるんですね。
突き詰めていくと、そこにはあるセオリーも見えてくる」。
新しいものをつくるときも、そのセオリーを踏まえてつくるようにしているのだとか。

洋鍋

▲つくってから10年はまったく売れなかったという「洋鍋」。雑誌に掲載されたことがきっかけで脚光を浴び、ついには「グッドデザイン賞」も受賞しました。

宮さんが盛岡に戻ってきたのは、1970年代後半のこと。
最初に手掛けたのは、鉄鍋などの調理器具。
台所からものを減らそうというコンセプトでつくられた、
シンプルで汎用性の高い「洋鍋」や「組鍋」、「ワンハンドパン」でした。
「高度経済成長期、ものがたくさんあることが幸せだという風潮があったけれど、
身の周りは決して美しくなっていなかった。
これからは、ものを選んで必要なものだけ持つ時代がやってくると思っていました」。
最初の10年はぜんぜん売れなかったと言いますが、
雑誌で紹介されたことをきっかけに売れはじめます。
そして今ではすっかり、宮さんが予想したような考え方が一般的になりました。

エスキースと図面

▲宮さんの下絵と図面。最初のイメージから商品になるまでは5~6年、「迷って、ぐずぐず考える」のだとか。その時間が、技術的な欠陥だけでなく、長く残るものかのデザイン的な精査にもなっているのです。

どの代のものか問わず、釜定のアイテムは、
モダンでシンプルで「北欧的」と称されます。
けれど、宮さん曰く、「北欧的」というより、
昔から北欧と日本とは惹かれるものが同じだったということなのだとか。
「日本のものでも古い工芸品や美術品っていうのは、
実はものすごくシンプルで『北欧的』なんですよ。今で言うと」。
宮さんは、建築やデザインの視察のため、何度か北欧も訪れています。
その中で、当時世界的に有名なデザイナーたちが、
日本の古い工芸品や美術品からも学ぶ姿を見て、そのことに気がついたと言います。
「よく若い人たちに『いいものを見なさい』と言うけれど、
あれは『古いいいもの、生き残ってきたいいものを見なさい』ということですよね。
生き残ってきたものをたくさん見ると、そこに共通点が見えるんです」。

宮さんに理想のデザインを尋ねると、
「デザイナーがつくったんだというのではなく、
自然に生まれてきたデザインが一番いいデザインだと思うんですよね。
作為を感じさせないような、空気のような。
でもずっと見ていても飽きないもの」という答えが返ってきました。

つくり手知らずの鉄瓶「秋の実」も
2代目が手がけた灰皿やオーナメント、そして宮さんの「洋鍋」や「組鍋」も、
釜定のアイテムはどれも、シンプルでニュートラル。
時代を感じさせないから、今の暮らしにもすっと馴染みます。
そんな時代を超えたデザインと、
錆びにくい、焦げつきにくいといった技術や研究に裏づけられた品質は、
海外からも高い評価を受けています。
さまざまな国際的な賞を受賞したり、
要請を受け、北欧をはじめヨーロッパやアメリカなど
数十ヵ国の美術館で度々展示を行っています。

宮さんのお話の中に出てきた、
「いいものは絶えず新しくて、どこか古いものをきちっと守りながら残っている」
という言葉は、そのまま釜定の鉄器を表していると感じました。
釜定の鉄器は、これから20年、30年、100年経っても、
きっと新鮮な印象を与え続けてくれるはず。
そして、それくらい長い間使い続けられる、品質も安心できる逸品なのです。

<< 前のページへ

シェアする: