伊賀焼きの土鍋がいい理由
軽く、飽きのこない2色の釉薬を使った、東屋の「於福鍋」。
一見、とてもシンプルですが、実はその材料、こだわり、手間のかけかた……何もかもが普通とは違うのです。
何が、どういいのか、作り手の伝統工芸士、柴本さんに教えてもらいました。
伊賀の土のこと
300〜400万年の昔、柴本さんの工房のある三重県伊賀市のあたりは、古琵琶湖の底だったそうです。
「この於福鍋に使っている土は、当時の土、つまり古琵琶湖の底の土なんです。太古の昔に花崗岩の山が風化し、雨水により古琵琶湖の底に溜まり、それが粘土になったんです。
さらに古琵琶湖の土は2種類に分けることができます。蛙目(ガイロメ)粘土と木節(キブシ)粘土です。
蛙目(ガイロメ)粘土とは、湖の入り口、つまり河口あたりに溜まった、粒子の粗い、重い粘土。土に含まれる白い石が、濡れるとカエルの目のように光ることからその名がついたという説があります。
そして木節(キブシ)粘土とは、琵琶湖の真ん中あたりに沈殿した、粒子の細かい、軽い粘土のこと。水に溶かすと泥状になり、粘りが出ます。「亜炭(アタン)」という石炭になる手前のものなどが含まれています。
この2種類の粘土を7:3から6:4くらいでかけ合わせたものを、土鍋の土にするんです」。
この土の一番の特徴は、その「耐火度」だと柴本さんは言います。伊賀の土には、一般的な粘土に多く含まれる「長石」という鉱物があまり含まれていないため、焼きしまらないのだそうです。
すると、火にかけても割れることがないのです。
昔から、「土鍋と言えば伊賀焼き」と言われるほど、直火にかけられる伊賀焼きは庶民に重宝されるものでした。
また、蛙目(ガイロメ)粘土と木節(キブシ)粘土のざらざらとした質感の、飾り気のない素朴な佇まいもまた、愛される要因だったに違いありません。
なくなりつつある伊賀の土
「ただね、今は伊賀の土がほとんどなくなってきているのが現状です。いや、掘ればあるんですよ。でも、掘る人が少ないんです。
直火にかけても割れない土は、つくれるんですよ。
南米や南アフリカ、中国などで取れる『ペタライト(葉長石)』という鉱物を安い土に混ぜれば、火にかけても割れない土ができるんです。
当然、価格も安くなります。結果、伊賀土の需要が減って、伊賀の土を掘る業者さんがどんどんやめてしまいました。
しかも伊賀の土はね、ただ掘れば出てくるんじゃなくて、ちょっと手間がかかるんです。
掘ってきた土をふるいにかけて、荒い土を落とさなければいけない。
そうすると、取った土の4割を捨てることになるんです。
それから、伊賀の土は、山によって、例えば同じ蛙目粘土でも、若干性質が違うんですよ。
だから僕は、数カ所の山の粘土をミックスさせて、土を安定させています。
それによって、耐火度を均一にできますから。
でも、こんなふうに手間がかかりますから、伊賀土を使う作り手も減ってしまったんでしょうね」。
柴本さんは、少し残念そうな表情を浮かべながらも、伊賀土を使うこと、使い続けていくことに躊躇はしていないようでした。
伊賀焼きの魅力
「釉薬も伊賀の素材を使います。
ペタライトを入れた耐熱製品の場合、その生地だけでなく、釉薬にもペタライトを入れないといけないんです。そうすると、釉薬がマットになっちゃって、透明感やツヤ感は出せないんです。
ほかの耐熱の焼き物が伊賀焼きに敵わないのはそこなんです。直火にはかけられても、透明度のある釉薬はできないんです。
でもね、長谷製陶時代の先輩が、伊賀焼きをやるなら、土を見ろって言ったんですよ。
伊賀焼きは、土と炊き方、薪の良し悪しが決め手なんです。もちろん釉薬などでも表情は出せるけど、基本的には土で勝負するものだと思っています」。
それは、ごまかしのきかない、素材自体での勝負ということ。
作陶すると、手の指紋がなくなるほど、粒子の粗い伊賀の土。
「泥状のサンドペーパーで指をこすっているようなものです。手の指紋がなくなって指先はつるつるですよ。本のページがめくれません(笑)」
そんな土の質感は、当然、仕上がったときに現れます。ほかの焼き物と比べれば、決して滑らかとはいえない肌の、石の粒が残るざらざらとした質感、それこそが伊賀焼きの魅力なのです。
「於福鍋」について
日本で取れる伊賀の土だけにこだわり、ひとつずつつくりあげる「於福鍋」。
こだわったのは、土や釉薬ばかりではありません。せっかくのいい素材でできたものだから、長く使えるように、使い勝手のことも考えられています。
「土鍋って、重いって印象があるでしょ?
でもこれは、軽くできたんです。だから使いやすいはずです。
昔の伊賀焼きのことをいろいろ調べたんですよ。
資料館なんかには、発掘された昔ものが残っているんですけどね。
昔の職人たちが『こんなに薄くできるんだぞ』って、腕比べをしてるのかと思うくらい、土鍋やゆきひら鍋を薄くつくってたんですよ。
まあ昔は炭火やたき火とかでしょうから、今とは調理の火力が違うせいもあるとは思うんですけどね。
何度も厚さを変えて試しました。
そして、今のガスコンロにも対応できる、ぎりぎりの薄さにできました」。
「於福鍋」はまず、そのふたを持ち上げたとたん、想像していなかった軽さに驚かされます。
鍋いっぱいに具材を入れても、それまでの土鍋よりもずっと軽く、食卓に運ぶのも楽です。そして、ふたの持ち手には、菜箸やしゃもじを置いておける切れ込みがあります。
伊賀の土にこだわり、使う人のことを考え、どこにも妥協することなくつくられた、東屋と柴本さんの「於福鍋」。
使い続けるほどに、土や釉薬の風合いは変化していきます。一見シンプルだからこそ、そんな変化が土鍋に表情を醸し、愛着へとつながるのです。
「土鍋に味が出てきたね」。
この先ずっと、鍋の季節になるたびに、そんな風に言いながらこの土鍋をつつく、温かな時間が訪れることでしょう。