2018年12月公開
伝統的な蹴ろくろから生まれるやさしいかたちに、シャープな面取り。
そして、登り窯で焼くことで土に命を宿す……。
民藝運動の推進者・河井寛次郎氏の孫弟子にあたる
河本賢治さんが築いた窯「福光焼(ふくみつやき)」。
そこには、脈々と受け継がれる民藝の心と技がありました。
1.炎土入魂―炎と土に魂を込めて
シャープだけど、やわらかな器
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▲白い漆喰壁の建物が並ぶ「白壁土蔵群(しらかべどぞうぐん)」。至るところに風情ある町並みが残ります。
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▲冬は凍てつく寒さの山陰地方で昔から使われてきた、凍害に強い「赤瓦(あかがわら)」が町を彩ります。
鳥取県の中部に位置する倉吉市。
江戸から明治期に建てられた建物が多く残り、
市の中心部には今でも立派な土づくりの蔵が並びます。
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▲工房の前には一面田んぼが広がり、鳥のさえずりが響きます。
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▲2008年に建てた福光焼の自宅兼工房。赤瓦が眩しく光ります。
中心部から10分ほど車を走らせると、のどかな田園風景が広がる福光地区へ。
背景には鳥取を象徴する「大山(だいせん)」がそびえます。
そんな景色を見渡すことができる小高い丘の上に建つのが、
「福光焼(ふくみつやき)」の工房です。
▲福光焼の主、河本賢治さん。
「福光焼って言うと、このあたり一体でつくっている
焼き物だと思われがちでね」と
笑いながら出迎えてくれたのは、窯主の河本賢治(かわもと けんじ)さん。
民藝運動を推進した河井寛次郎氏を師匠に持つ
生田和孝(いくた かずたか)氏のもとで修行を積み、
1980年に故郷である倉吉市福光地区で開窯しました。
▲全体の丸いかたちを、面取りが引き締める「面取り湯呑み」。
▲広めに取られた面が、穏やかな陰影を生み出す「面取り飯碗」。
福光焼の最大の特徴は、
器の表面を平らに削って面をつくった「面取り」。
他にも面取りを得意とする窯元はたくさんありますが、
「うちのが一番シャープ」と表現するのは、河本さんの奥さま。
▲「面取り湯呑み」。大胆に削り取られた面取りのラインは、きゅっと角が立ち、凛々しい顔立ちです。
たしかに、線はきりっと引き締まりシャープ。
しかしなぜでしょう。
決してクールな印象はなく、全体からやさしく、あたたかな印象を感じられます。
その理由を探っていくと、
「蹴ろくろ」と「登り窯」という二つのこだわりが見えてきました。
豊かな表情をつくり出す、蹴ろくろ
▲人の力で蹴って回転させる蹴ろくろ。「停電しても、蹴ろくろなら仕事ができるし、自然にも優しいでしょ」。
飯碗など正円形のものをかたちづくるときに欠かせない、ろくろ。
電動のろくろが主流な中、
河本さんは修行時代から、自らの足で蹴って回す
蹴ろくろにこだわってきました。
「蹴ろくろだと、自分のペースで回せるし、強弱をつけることもできます。
電動ろくろだと、ツーッと一定の速度で回るから、
味気ないものになっちゃう気がして」。
▲器の内側には、ろくろで挽いたときの指跡がぐるぐると線を描いています。
「面取り湯呑み」の内側を眺めてみると、
ろくろで挽いたときについた指の跡がうっすらと残っています。
ろくろが勢いよく回ると指跡もぐーっと豪快に、
速度が緩やかになると指跡も穏やかに。
▲ろくろで挽いた全体のかたちも、その上に施した面取りも、一つずつ個性があります。
一つ一つの器は、少しずつ姿が異なり、なんともおおらか。
複数使うときに困らないように、大体の深さや直径は揃えていますが、
「全部きれいに同じものである必要はないでしょう」と、
蹴ろくろのリズムの違いなどによって生まれる個性を大切にしています。
人の力を超えたものが生まれる、登り窯
▲工房の奥にある、大きな登り窯。「登り」という名の通り斜面に建ち、炎が低いところから高いところへ流れる原理を利用しています。
福光焼の核となっているのが、登り窯です。
現在では、灯油やガス、電気などを燃料にした窯が一般的ですが、登り窯の燃料は薪。
他の窯に比べて、非効率的で手間も時間もかかる昔ながらの手法です。
それでも河本さんの焼き物に、登り窯は欠かせません。
「登り窯で焼くのは大変だけれど、自分の手で薪を入れてやることで、
物に血が通っていく感じがするんです。
灯油窯とかだと安易に焼けるから、
自分の気持ちが物に伝わっていかないっていうか」。
「灯油窯だと、何度か焼いて、
ある程度のデータがとれたら、その通りに焼けばいい。
でも登り窯は、その日の天気などの自然条件や窯の詰め方などによって、
一回一回が全く違うもの。
温度計を使って数字も見ますが、それだけを気にしていてはダメ。
炎の色や伸び、煙の出方なんかを見て判断しないと」と、
登り窯の難しさと、だからこそ挑戦せずにはいられない面白さを語ります。
▲同じ釉薬なのに、少しずつ色味や質感が異なる「面取り湯呑み 白」。
▲表面のぽつぽつと光る部分は、登り窯で薪の灰がかかったところ。灰がかかることで、偶然にも器の表情が美しく変化した景色になるのです。
登り窯の中で置いている場所によって、
さまざまな表情に焼き上がるのも登り窯ならでは。
同じ釉薬でも火の当たり方が違うと、色合いが大きく変化します。
また、「自然釉」も登り窯ならではの見所の一つ。
窯の中で薪の灰が器に降りかかり、
土と反応して釉薬のようにキラキラと輝くガラス質になるのです。
▲窯の上には小さな神棚が。人の手を離れた大きな力に対して、最終的には祈るしかありません。
コントロールすることができない、自然を相手にする登り窯。
だけど、自然の力を上手く借りることができれば、
人の力だけでは生み出すことができない、想像を超えたいいものができる。
それこそが登り窯最大の魅力なのです。
燃え盛る炎と降りかかる灰を浴び、耐え抜いて生まれた器は、力強く美しい。
そして何より、手間をかけた分だけ河本さんの愛情がこもっています。
蹴ろくろと登り窯を通じて、土に血が通い、
たくましく、あたたかな器が生まれるのです。