2018年8月公開
「大久保ハウス木工舎」という屋号のもと、
木の暮らしの道具をつくる木工作家・大久保公太郎さん。
ひたすら木と向き合い、鉋(かんな)を使って手削りで仕上げる木工を追求しています。
ブーメランのようなかたちの「木のヘラ」や、すり鉢型の「パン皿」、
ヘラのような「ジャムスプーン」など、独創的なかたちのアイテムたちは、
一度使ったら手放せない抜群の使い心地。
特に「木のヘラ」は、プロの料理人をも唸らせ、愛用者が多いことで知られています。
大久保さんの木工のおもしろさは、「現在進行形」ということ。
「使い手の声」をかたちにするために、
削る道具も、方法も、かたちも、変わり続けています。
そんな大久保さんの現場を見てみたくて、長野県松本市にある工房を訪ねました。
大久保ハウス木工舎の工房を訪ねて
1.使い手の声を写した道具
▲大久保ハウス木工舎の工房。入口の前には板状、柱状の木材が積み上げられています。
▲工房前からの眺望。この日はすーんと快晴で、北アルプスの峰々がきれいに見えました。
クラフトの街として知られる長野県松本市。
その市街地から車で30分ほど行ったところにある高台、
中山という地区に「大久保ハウス木工舎」はあります。
元は大工の作業場だったという平屋の工房は、
目の前に北アルプスを一望でき、四方に風が抜ける気持ちのいいロケーション。
▲削る作業中の大久保公太郎さん。
昼前に訪ねて中を覗くと、ちょうど「木のヘラ」を削る大久保公太郎さんの姿がありました。
朝から削り続けていたのでしょうか。足元にはたくさんの木屑。
「だいたい毎日削っていますね。今は桜の木のヘラなんですが、
多いときはだいたい100本とか続けて削っています」と大久保さん。
感嘆の木ベラ
▲大久保ハウス木工舎の代表的なアイテム「木のヘラ」。すべて桜ですが、ひとつひとつ木目や色味が違います。
「木のヘラ」といえば、大久保さんの代表作ともいえるアイテム。
一目で大久保さんのものとわかる独特なかたちが特徴的です。
右手用と左手用があり、手にして驚くのは、まずそのフィット感。
自然に握ったときの指のかたちに、まったく無理がありません。
▲「木のヘラ」のかたちは、鍋の内側のカーブに沿うよう考えられています。
「木のヘラ」のカーブは、フライパンや鍋のカーブに
ちょうど沿うよう計算されています。
食材が返しやすく腕の動きがスムーズだから、
いつもと同じように調理をしているのに、
なんだかちょっと料理の腕が上がった気にさえさせてくれるのです。
▲先端は、挽き肉などをほぐすのに便利。1本で、食材を返す、混ぜる、ほぐす、切ると万能です。
さらに、先端のスパッと切り取ったような角の部分は、
挽き肉などを切るようにほぐしやすくするため。
つくづくよく考えられています。
料理人のファンも多く、何本も買い求める人がいるのも頷けます。
それにしても、ヘラというシンプルな調理道具をどうやってここまで
機能的に研ぎ澄ませることができたのでしょうか。
使う人が増えるほど、かたちは進んでいく
その答えに大きく関わるのが、「金子さんに出会ったこと」と言う大久保さん。
金子さんとは、フードユニット「つむぎや」として活動する傍ら、
松本市街で食堂「Alps gohan(アルプスごはん)」を営む料理研究家・金子健一さんのこと。
2人の出会いは、2014年。
大久保さんが出店していた、「クラフトフェアまつもと」でした。
木ベラマニアという金子さんは、これぞという木ベラを探すことをテーマに
毎年「クラフトフェアまつもと」に来ていました。
そして、その年金子さんが持ち帰ったのが、大久保さんの「木のヘラ」だったのです。
そこから2人の交流がはじまります。
「料理家の中でも人望の厚い金子さんが、いろいろな使い手に繋いでくれたんです。
たくさんの人に使ってもらって、使った感想や使い方を聞くうちに、
かたちがどんどん、どんどん変わっていきました。
金子さんとの出会いは、真剣に使ってくれる使い手の存在を
すごく意識するきっかけになりましたね」。
▲ずらりと並ぶ歴代の「木のヘラ」。
歴代の「木のヘラ」を並べて見せてもらうと、
かたちや先端の面の広さ、持ち手の細さや長さ、厚さまで実にさまざま。
そして、その辿ってきた数の多さに驚きます。
「持ち方を聞いたら、それに合わせて削るときに意識してみるとか、
よく使う部分があれば、そこを少し肉厚に仕上げて丈夫にしたり……。
使う人が増えるほどかたちは進んでいく感覚です」と大久保さん。
▲使い手から聞いた使い方や使い勝手を、どんどんかたちに写していく大久保さん。
とはいえ、誰もが的確に自分の感じたことを言葉に表現できるとも限りません。
大久保さんは、使う人の「重い」や「軽い」など、
ささいな一言を見逃しません。
「人間の五感ってかなり優れていて、
ちょっとバランスがおかしかったら重く感じたり、
何かが変だということは木工の知識がなくても感じ取れるんです。
そういった言葉の端っこをかたちに写して、次にその人が持ったときに
前より快適に使えるようにっていうのを意識していますね」。
大久保さんは、木工を生業とする自分の仕事を、
「使う人の声を姿に写すこと」だと言います。
ものは誂え
その考えは、大久保さんがつくる全てのアイテムに通じます。
「ものってすべて誂え(あつらえ)だと思っているんです。
こういうものが欲しいっていう需要があって、
それに応えてかたちにする人がいてものが生まれる」。
大久保さんのつくるものも、まさに誂え。
どのアイテムも、自分からつくろうと思ってつくりはじめたわけではなかったとか。
誰かの「欲しい」という声からはじまり、
「もっとこうなら」という声に導かれてつくり続けるうちに今の姿になりました。
▲「パン皿」。
トーストが蒸れずに最後の一口までサクッと食べられるよう、
「パン皿」は、すり鉢状に中央に向かってなだらかに窪ませて。
そうすることでパンと皿の接地面が少なくなり、
木の吸湿性が存分に発揮され蒸れないのです。
▲「ジャムスプーン」。
パンにジャムを塗りやすく、瓶の底に残ったジャムもかき集めやすいよう、
「ジャムスプーン」は、匙部分がフラットで角張ったかたちに。
▲「木のヘラ 雫型」。
汁物をぐつぐつ混ぜるのに重くないよう、深鍋用の「木のヘラ 雫型」は、
男雛が持っている笏(しゃく)のように細く長く。
さらに、フレンチやイタリアンのコックは寸胴鍋の持ち手にヘラを立てると聞いて、
刺したり抜いたりがしやすいよう
先端から持ち手かけて末細りになるようにしました。
自分のつくりたいものをかたちにするというのではなく、
求められるかたちを木でつくっていくのが大久保さんのスタイル。
そしてそのために、木を削る道具をつくるところからはじまるのだとか。
アイテム自体が独創的ならば、
製作スタイルも、今の木工の常識に捕らわれないユニークなものでした。