2016年5月公開
能登半島の先端に位置する石川県・輪島は、古くから漆器の生産が盛んに行われてきた漆の町。
そこで生み出される「輪島塗」は、漆芸で唯一、重要無形文化財に指定されています。
輪島塗と言えば、完全分業制が基本。
そんな中、企画から制作、販売まで自社で行っている「輪島キリモト」は、かなり異色な存在。
伝統にとらわれない動き方は、生み出される作品にも色濃く表れていました。
輪島キリモトのものづくりの現場を訪ね、その想いを伺ってきました。
1.「輪島キリモト」のこと
金沢から車で約2時間。
たどり着いた3月の輪島は、
春の訪れに心なしか微笑んでいるような明るい雰囲気。
日本海にひょろりと伸びる能登半島の北岸に位置し、
江戸時代から明治にかけ、北海道から大阪や江戸を結んだ
「北前船(きたまえぶね)」の交易で栄えた面影が、
整然と並ぶ建物や風通しのいい整備された道に見られます。
そして輪島は、「輪島塗」で知られる漆器の町。
漆をはじめ、ヒノキやアテ、ケヤキといった漆器づくりに欠かせない木々が豊かで、
漆の乾燥に適した気候があったことから、
古くは室町時代から漆器生産がはじまり、
江戸時代には北前船の活躍もあり、「輪島塗」の名は全国に知れ渡るほどになっていました。
今では、漆器というと、お正月のお重や会席料理のお吸い物椀など、
ちょっと特別な日の器というイメージ。
あまり馴染みがないと思う方も多いかもしれません。
ところが一方で、海外では漆器のことを「japan」と呼ぶほど、
“日本の器”として知られ、愛好家も多くいるとか。
日本を代表する工芸品のひとつなのです。
中でも輪島塗には他産地の漆器と一線を画す特徴があります。
「輪島地の粉(じのこ)」と呼ばれる地元で採れる珪藻土(けいそうど)を
焼いて粉にしたものを下地塗に使っているのです。
▶ 輪島の小峰山から採取してきた珪藻土は、水練りして日干しし、焼成したものを粉末にしたら地の粉が完成。下地塗りの工程に合わせて目の粗さが違い、三辺地にいくほど目が細かくなっています。
輪島塗は、いわば「“陶器”をまとった“漆器”」と言っても過言ではありません。
珪藻土の粒子は、表面に小さな穴がたくさんあいている構造をしていて、
そこに漆がしっかりと染み込むことで下地層が硬く強くなります。
さらに欠けやすいところに布をかぶせる「布着せ」の上にも「地の粉」を施すことで、
より丈夫になるのです。
そして万が一欠けたとしても、修理が可能。
この堅牢さこそが、輪島塗が広く全国で広まった最大の理由なのです。
塗師屋から木地屋、そして異色の輪島塗メーカーへ
漆器業の町として長い歴史のある輪島で、 江戸時代から7代に渡って漆器業に関わってきた桐本家。
▶ 江戸時代から続く桐本家の系譜をもとに説明してくださる
7代目・桐本泰一さん。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました」。
輪島キリモトの工房で迎えてくださったのは、7代目の桐本泰一(たいいち)さん。
桐本家は、初代から4代目までは「塗師屋(ぬしや)」でした。
輪島塗は、木地づくり、塗り、研ぎ、
金を使って絵付けをする沈金(ちんきん)や蒔絵(まきえ)など、
それぞれに専門の職人がいる完全分業制で、
それをまとめるプロデューサーのような役目をするのが「塗師屋」です。
それが、5代目にあたる泰一さんのおじいさんの代に、「木地屋(きじや)」に転業。
木地屋といっても、さらに専門は4つに分かれます。
ろくろを使ってお椀やお皿などの丸みのある木地をつくる「椀木地(わんきじ)」、
丸盆やおひつなど側面の板を曲げてつくる「曲物(まげもの)木地」、
重箱や膳など板を組み合わせて角のあるものをつくる「指物(さしもの)木地」、
そして、指物木地から分離した、猫足や仏具、匙など木をくり出してつくる「朴(ほお)木地」。
5代目は、朴木地を専門とする木地屋に転向し、
6代目の泰一さんのお父さんの代に、
特殊漆器木地をはじめ家具なども制作できる
設備を揃え、家具や建具といった大物から、器や小物まで幅広く手掛けるようになりました。
そして、泰一さんの代からは、漆職人も加わり、木地づくりはもちろん、
漆塗りの工程までも同じ工房内で行うという、これまでの輪島塗の世界にはなかったことをはじめたのです。
工房見学
1階:機械での加工場
さっそく工房の中を見学させていただきました。
1階は、素材となる木を真っ直ぐに整えたり、
大枠のかたちに切り出すなど、機械を使う作業場。
大きな木材から小さな木片まで、すいすい軽やかに作業が進んでいきます。
▶ 泰一さんの従兄弟の桐本成一さん。木地を平に整える作業。
▶ こちらも泰一さんのご親戚、隅 和範さん。機械を使ってヒノキの加工をしているところ。
2階:木地の仕上げと漆塗りの作業場
大きな窓から明るい日差しがたっぷりと差し込む2階は、
ノミや彫刻刀、鉋(かんな)などを使う細かな作業や漆塗りの作業場。
▶ 谷 治樹さん。厚い木地をくり出して曲面の板をつくり、4枚を組んでひとつの商品に 。2枚の側板を90度でぴたりと合わせて角をつくるのは、寸分の狂いも許さない繊細な作業。ベテランの職人でないとうまく仕上がりません。
▶ 職人さんの中では一番若手の久保田啓介さん。あすなろのトレーを組み立てているところ。
5代目から朴木地屋として木地づくりの仕事をスタートした輪島キリモトは、
木をくり出して曲面をつくる細かな作業が得意なのだとか。
「それを可能にするのが道具なんです」。
そう言って泰一さんが並べて見せてくれたのは、たくさんの鉋(かんな)。
見たこともないような小さな豆鉋もあります。
▶ 「鉋箪笥」と呼ばれる箪笥に、100年以上も前の鉋も納められていました。
▶ 手の平に2~3個乗ってしまうほど小さな豆鉋。
▶ 同じ部屋内の水場は、砥石がたくさん積んでありました。
よく見ると、ひとつひとつ、すべてかたちが異なります。
「道具も自分たちでつくるんです。既成のものでも必ず手を加えます。
代々みんなで大切に使いながら、複雑なものでも手作業でやってきました。
コンピューター制御の機械のように大量生産はできないですが、
うちには小さなものから大きなものまでつくれる職人さんの技術がある。
さらに職人ひとりひとりがスキルアップすることで、
多品種少量生産の、密度の濃い工房になると思っています」。
異色の輪島塗メーカーである理由
輪島キリモトは、7代目である桐本さんの代から、
木地屋にとどまらず、自ら商品を企画し、デザイン、設計、木地づくり、塗り、
さらには販売までを一貫して行っています。
同じ工房内で漆塗りの職人さんが作業をしているのです。
完全分業制が伝統の輪島塗の中で、これはかなりの挑戦です。
▶ 漆職人の小路貴穂さん。ろくろで挽いてかたちをつくったお椀の木地に漆を塗る「木地固め」の作業中。
▶ 漆に米のりを混ぜた「延漆(のべうるし)」。木地固めはいろいろな方法があり、つくるものによって塗るものを変え、できあがった漆器が丈夫になるよう工夫をしているとか。
▶ 漆職人の花水伸一さん。漆に色を付けたものを塗って名刺入れの仕上げの作業中。
▶ 漆に顔料を混ぜて色を出します。「赤」や「白」と一口に言っても配合やその時の環境にも左右され、同じ色を再現するには長年の勘が必要なのだとか。
ひとつの工房内で漆の工程ができることは、つくりたい商品の試作をすぐにできるなど
ものづくりの可能性と幅を大いに広げているのです。
輪島キリモトを外から支える仲間
ただ、細かなホコリやチリが仕上がりに大きな影響を与える上塗などの作業は、
設備の関係で同じ場所につくるのは難しく、外の職人さんにお願いしている工程もあります。
「輪島キリモトは、職人さんから販売スタッフまで、内部の人間は全部含めて40人くらい。
上塗り、蒔絵や沈金、表面の鏡面加工をする呂色(ろいろ)といった加飾と、
木地づくりや下地塗り、中塗りの一部を外の職人さんにお願いしています」と泰一さん。
その一人が、椀木地屋の寒長茂(かんちょうしげる)さん。
寒長さんは、代々椀木地屋を営む5代目です。
寒長さんと桐本さんとは長い仲。輪島キリモトの椀木地の多くを手がけています。
▶ 椀木地は、もとの木片の97%を削ってできあがるのだとか。ひとつ挽くのにたくさんの木屑が出ます。
また、寒長さんは木地づくりだけでなく漆塗りもできる、輪島では珍しい職人。
最近では、漆の魅力を世界へアピールしたいと腕輪をつくり、
それをオリンピックの会場で日本の選手団に身につけてもらいたいと、
オリンピック委員会へ提案しているところだとか。
自ら企画し、作品をつくる姿は、輪島キリモトの姿勢とも重なります。
「つくる方も、今、何が求められているかをちゃんと考えなければ、
日本の手仕事は残っていけないと思う」という寒長さんの言葉に、泰一さんも深くうなずきます。
2人は、伝統に甘んじず、常に変化•成長していこうと輪島で奮闘する仲間。
輪島キリモトの仕事は、こうした仲間にも支えられています。
動き出せば、新たな挑戦がやってくる
今までの輪島塗の世界にはなかった輪島キリモトのものづくりのやり方や姿勢は、
漆の世界以外からも注目され、新しい仕事が生まれています。
「これは、ある企業から依頼されたノベルティで、
木とステンレスを合体したトレーをつくりたいというもの」。
木地屋として木工を極めてきた輪島キリモトにとって、木はなじみの素材。
でも金属は、まったくの門外漢。今まで扱ったことのない素材です。
「まったく新しい試みですが、あれこれ考えて、
こうじゃないかなとやっとかたちが見えてきたところです」と泰一さん。
やったことがないからできない、ではなく、
代々受け継いできた高い技術を土台に新しいやり方を生み出していく。
そのひとつひとつのチャレンジが、
輪島キリモトを唯一無二の輪島塗メーカーにしているのです。