3.伝統を守り、伝統を超える
「輪島キリモトのことを、メーカーではなくて卸問屋だと思っている人もいるんですよ。
名刺入れのような小物から、器、家具や建具のような大きなものまで、
たった40人の小さな規模でこれだけ幅広いものがつくれるはずないって」。
ちょっと憤慨したような、おもしろがっているような表情で泰一さんは言います。
企画・デザインをし、木地職人だけでなく、漆職人もかかえ、問屋を通さず自分たちで販売まで行う。
輪島キリモトを特徴付けるそのスタイルは、泰一さんの代になってから。
「自分で完成品までつくりたいと思ったのは、中学2年のとき。
何かをつくるんだったら、自分で考えたものがいいなって」。
輪島において今ですら斬新と言えるやり方を、
そんなにも早い段階から想い描いていたことに驚きます。
そして、泰一さんは大学でプロダクトデザインを専攻。
大学1年の最初の授業が、その後の泰一さんのものづくりに大きな影響を与えることになります。
「デザイン概論の授業で先生が、
『デザインというのは、今を生きる人間が、さらに気持ちよく、安心感を持って、
便利に暮らすためにはどうしたらいいのかを考える学問であり、
いいかたち、いい色、いいシステムというものが“いいデザイン”というわけではない』
と言った言葉が印象的だったんです」。
その考え方は、その後もずっと泰一さんのものづくりを支えています。
大学を出て、企業の意匠設計部で内装設計の経験を積んだ後、
25歳で泰一さんは輪島に戻ってきました。
それからは、丈夫で長く使える堅牢性、
使った後は直せるといった輪島塗りの特徴を活かし、
輪島キリモトならではの、今の暮らしの中で使いやすいものを生み出してきました。
伝統を超えていく、挑戦
「輪島の職人、素材、技法をもう少し原点から見直して、
どうやったら新しいものに結び付けられるかを常に工夫することが、
すごく重要なんじゃないかと思っているんです」。
そうやって考えに考えた末生まれた、輪島キリモト独自の技法が「蒔地(まきじ)技法」。
▶ 輪島キリモトが編み出した「蒔地技法」を使った商品のひとつ「小福椀」各17,000円(税抜)。
生地に布着せを行い、下地を施した後、
表面に近い部分でもう一度、本来は下地で使う「輪島地の粉」を使用し、
最後に漆を重ね塗りして仕上げます。
これにより、表面に地の粉の質感が浮き出て、「つるり」というより「ざらり」とした触り心地に。
同時に表面硬度が高まり、金属スプーンを使っても傷が付きにくい、
より日常使いしやすい漆器が実現したのです。
「下地をあえて表に出す技法は、輪島塗の世界からはボロクソに言われましたよ。
なんでこんな汚いことするんだって」。
それでもこの技法を商品化したのは、
20代から40代の若い世代にも、漆を敬遠せずに使ってほしかったから。
手間も余計にかかっているけれど、若い人に手に取ってもらいたいと
価格も抑えめにしています。
さらに、積極的に若手デザイナーとコラボレーションしたり、
漆以外の新しい塗料にも挑戦しています。
「杉を使った曲げわっぱのお弁当箱って、今とても人気があるでしょ?
正直なんでそんなに売れるんだ!?ってくやしくて(笑)。
正攻法でいけば、漆器屋であるうちがお弁当箱をつくるなら漆を塗ったものになるけれど、
漆を使うと、値段が5〜6万くらいになってしまう。
それでは売れないなと。
だけど輪島には、外壁にも使われるほど水に強いアスナロという地元の木がある。
でも漆の産地だから、木を表に出すという発想は他のメーカーにはない。
ならば、うちがやるしかないなと思って、デザイナーの大治将典くんに話を持ちかけて……。
そしてさらに、『ガラス塗料』を使うことを思いついたんです」。
▶ 右の2つが、漆を使わず「ガラス塗料」で仕上げた「あすなろのBENTO-BAKO」9,000円(税抜)~。左の2つは、同じ技法を使った重箱「あすなろのJU-BAKO」9,500円(税抜)~。
「ガラス塗料」とは、ガラス質を主成分とする塗料のことで、
木地に深く浸透し、無垢に比べて汚れなどがつきにくく、木の劣化を防いでくれます。
また、木の呼吸を妨げず、白木の風合いが残るのも特徴。
性能の高さから、近年注目されている塗料ですが、
全国的に見て、輪島キリモトが取り入れたのはかなり早かったのだとか。
デザイナーによるモダンなかたちと、無垢のような質感なのに水に強い利便性。
美しくて実用的なお弁当箱は、輪島キリモトを代表する商品のひとつになりました。
さらに、工業試験場の検査で、ガラス塗装をすることで、紫外線にも強くなることがわかっています。
漆にも応用すれば、漆の弱点のひとつである紫外線による劣化も防げるかもしれません。
新しい世界に挑戦することが、結果として漆の世界にも還元されているのです。
もっと漆を身近に、輪島塗の伝統を今に
「何もしなかったら、やっぱりダメやと思う」。
工房を訪れた日の夕方、泰一さんは東京へ発つことになっていました。
その数日前に別の出張から戻って来たばかり。
時々鳴る電話にもテキパキと返答し、
日々自身のFacebookで漆や商品について小まめに発信。
そのエネルギーの源は、
輪島塗という伝統にあぐらをかいていては生き残れないという緊張感から。
「漆器は高いという人がいるけれど、そうかな?と思うんですよね。
財布や洋服にはお金を使うけれど、自分が毎日使う汁椀に1万5000円は高いと思ってしまう。
お客さんが悪いんじゃなくて、こっちが漆の価値をきちんと伝えられていないんだと思うんです」。
泰一さんが今もっと力を入れたいと思っているのは、
漆の魅力や価値、漆のつくり手としての想いや姿勢を
きちんと言葉にして伝えていくことだと言います。
▶ 左が、表面に入ったヘラ模様が美しい「ヘラ模様椀」15,000円(税抜)。右が、輪島キリモト独自の技法「蒔地技法」を使った「小福椀」17,000円(税抜)。
漆器を手に取ると、まずはそのつるりとした質感、
そして肌触りが滑らかでやさしいことに驚きます。
漆が固まるときに、水分が蒸発するのではなく、
逆に水分を取り込んで固まる性質があることにも関係があるそうです。
「漆は、世界で唯一保湿し続ける塗料なんですよ」と泰一さん。
それにより、ごはん粒がこびりつかない、「ごはん離れがいい」器になるのだとか。
他にも漆器の魅力は尽きません。
酸やアルカリに強く、金を溶かす「王水」にも溶けないのです。
漆は、酸やアルカリによって腐食してしまう金属よりも強固な部分を持っています。
さらに、抗菌作用もあり、食材の腐敗を漆が防ぐからと、
昔からお正月には漆の重箱が重宝されていました。
漆が古くから使われ続けてきたのには、装飾的意味合いだけでなく、
きちんと理にかなった、実用的な理由があったからだったのです。
日本人と漆の関係は、なんとはるか縄文時代にまで遡ります。
日本で漆が使われ始めた最も古い形跡が、縄文時代の遺跡にあるのです。
「かぶれる=恐ろしいもの」から転じて、「災いから身を守る」とされ、
シャーマンの呪具やお守りのような意味合いで使われていたよう。
漆は、ただの道具ではなく、精神性に関わる神聖なものでした。
漆は、そのまま触れればかぶれます。
ところが、漆器のように木地に塗り、乾かすことでかぶれなくなるのです。
さらに、漆を施すことで、元の素材は美しく頑丈に、
人々の暮らしに役立つものへと変身します。
自然体だからこそ出会える、漆の魅力
漆の価値、使うことのメリットをもっともっと広めたいと思っている輪島キリモト。
「輪島の他の漆器屋さんに比べて、うちのお椀ははっきり言って安いと思います」と泰一さん。
価格が抑えられるのは、問屋を通さず自分たちで販売を行っていることと、
値が上がる蒔絵や沈金をあえて使わず、日常使いに合ったシンプルなものをつくっているから。
輪島塗の伝統はしっかりと守りながら、
漆を身近なものにしようと日々努力を惜しみません。
もし、まだ漆器を使ったことがないのなら、
輪島キリモトの漆器からはじめてみるといいかもしれません。
特別な日のかしこまった漆器ではなく、
泰一さんが心から目指す“今の暮らしに合った漆器”だから、
きっといつもの生活にすっと馴染んで自然体で使えるはず。
等身大で出会うからこそ、
漆のよさをもっともっと身近に感じられることでしょう。
陶器やガラスとも違う、そして、同じ木でも無垢や他の塗装のものとも違う、
密度のあるなめらかさとあたたかな手触りや口当たりの心地よさ。
毎日使うものだから、心からいいと思うものを使いたい。
漆の器、輪島キリモトの器は、まさにそんな器なのです。