4.始末よく、木を使いまわすこと
小さな頃から木に親しんできた利弘さん。
家でも木の器を当たり前のように使いながら育ってきました。
「東京のイベントで物販をやっていたときに面白い話があってね。
『うちの子どもは味噌汁がきらいでぜんぜん飲まない』
と言っていたお客さんが銘木椀を買っていったんですよ。
そしたら、子どもが味噌汁を飲むようになって、
今では毎日銘木椀を使って味噌汁を飲んでいるんだって」。
他にも、1年に1度の物販イベントに毎年やってきては「銘木椀」を買い足すお客さんや、
「銘木椀」が欲しいと直接電話を掛けてきてくださるお客さんもいるのだとか。
誰もが聞いたことのある日本の銘木を使い、
その木のよさを存分に生かした「銘木椀」は、
今多くの人に受け入れられ、愛されています。
そんな今こそ、利弘さんは、「日本の美しい木を使った日本の手仕事を、
現実的に手にとってもらえる価格を維持しながら残していきたい」と切に思っています。
年々困難になる木の入手
木工団地の周りは、畑が広がるのどかな風景。取材の日はあいにくの雨模様でしたが、晴れていたらその奥に箱根や丹沢の山々がくっきり見えるとか。
小田原は、箱根や伊豆、丹沢の山や森からの豊富な材が手に入る土地でした。
ところが、今は国立公園になり、簡単には伐採できない状況に。
そこで、現在では全国に材を求めていますが、その入手は年々困難になっているのだとか。
「もともと材は、伐採の期間が限られているため、年中出回るものではないんです。
木が葉を落とし、休眠に入る12~3月の限られた間だけ木を切ることができるんです。
芽が出る時期になると木が水を吸い上げるので、
材にしたときに腐りやすくなってしまうんですよ」と利弘さん。
1年間につくる分の材を、たった4ヵ月の間に仕入れなくてはならないのです。
仕入れた材は、「荒木取り」をして保管。これはプレートになる予定。
使うことを前提に植林された計画林は、針葉樹のみ。
銘木椀に使われる広葉樹は、
公共事業や山の手入れをする間伐がない限り切られることはありません。
道路建設など大きな公共事業も縮小される中、
建材として使用される針葉樹が優先されるため、
なかなか広葉樹が市場に出回らなくなっていると言います。
また、苦労して木を切っても、安い輸入の材に押されて割が合わないと、
木を切るキコリの数も減っているのだとか。
「あとは気候の変動も関係しているんです。
雪が少なかったり、降ったらドカ雪だったりして」。
切り倒した木は雪の上を滑らせて森の奥から里へと運ぶため、
雪が降らないと木が切れず、
ひとたび雪が降れば大雪で山に入ることができないのだとか。
「今年もそんな状況で、もう3月の頭だけれど、
ほとんど材がそろっていないんです」。
材料を仕入れる厳しさは、前々から耳にしていましたが、
予断を許さない状況にまできているようです。
木を始末よく使いまわす
材が手に入りにくくなり、ますます大切にしているのは、
「無理なく、無駄なく、土に還るまで、木を始末よく使いまわす」こと。
薗部産業では昔から、木を無駄にしないことに心を配ってきました。
「荒木取り」で出た木屑。1日800~1000個のお椀を削ると、人の背丈を越すほどの木屑の山ができます
材を削って出た木屑も有効活用し、少しも無駄にはしません。
木屑は、道具の刃物の鍛冶に使う炭にも使います。
ろくろ成形で出る細かい木屑は、燻煙乾燥の燃料に。
削ったあとにはじかれる、節やシミのあるものは、ときには事務所の植物を入れる植木鉢に再利用。
木屑は、近隣の農場や牧場でも再利用され、有機肥料にもなっています。
さらに最近では、バイオマス発電や、
箱根の温泉を沸かすことにも一役買うことを目指しているのだそう。
小田原は、勤勉と倹約で知られる二宮金次郎が統治に関わった土地。
また、薗部家を含め、山梨から移り住んできた職人が多く、
ものを大切に使う風土がある土地柄なのだとか。
「山梨のような山間部というのは、ものが少ないので、
なんでも大切に始末よく使いまわそうということなんでしょうね。
大きい鉢の内側で薄いお盆を取るとか、木を全部使い尽くしてあげたい
という気持ちは職人みんなが持っています」と利弘さん。
木工業界のタブーへ、さらなる挑戦
材料が入手できない厳しい状況だとしても、くじけてはいられません。
「木工所に入ったときは独り身の職人さんも、結婚して子どもができて……ってなっていくから、
これからますますみんなの生活を考えていかなくちゃいけない」。
2016年秋、木工業界に新しい風を吹き込む器が薗部産業から誕生しました。
小田原の森で間伐された檜のボウルとプレート。ぽってりとしたかたちとユニークな木目が印象的です。
木を始末よく使いまわす薗部産業には、森林組合からさまざまな木が持ち込まれます。
木の植え替えで出たミカンの老木や台風で倒れた梅の木など……。
そして、小田原の計画林の森で間伐されたヒノキ。
新商品は、この間伐材の檜(ひのき)を使ったボウルとプレートです。
ぐるぐるの渦巻き模様が、手前とその向かい側に、お椀を貫くように入っています。
「おもしろい木目でしょう?
お椀の両側に年輪の渦巻き模様が入っているんです。
どういうことかわかります?」と面白がるように尋ねる利弘さん。
考えあぐねていると、にやりと笑いながら教えてくれました。
「芯がお椀を横に貫くように通っているんです」。
通常木の芯は割れやすいので避けて木取りをします。
ところが間伐材は細いので、芯を避けると使えない。
「いろいろ考えて、芯が割れないように乾燥させれば
器がつくれるんじゃないかと……」。
木工から漆塗り、機械いじりまで、
なんでも興味を持ったら挑戦したくなる性分の利弘さん。
「芯を使った器は、いままで木工業界のタブーだったんです。
だからこんなものはどこにもない」。
木目を活かしたお椀に透明色のウレタン塗装をした「銘木椀」のときのように、
タブーという一言に俄然やる気が湧いてしまうのです。
そんな「やる気」が産んだ、
材の不足にも負けない、期待の新作なのです。
流星のように年輪を横切る木目は、芯から枝が生えている部分。一般的には、シミと同じようにお椀づくりでは敬遠される部分です。
芯の部分を使うことで、必然的に出てくるのは数々の節の部分。
そこも模様として大切に扱います。
「新芽が出る元気なところなんです。
フレッシュでパワーがあって、そこがとってもいい景色なんです」。
「箱根東麓(とうろく)小田原の森 間伐材檜 リス皿」。厚さはゆうに2cm近くあります。
ころんとした銘木椀をはるかに上回るぽってりとした重厚感も
新商品の大きな特徴です。
捨ててしまう部分が多くなるのはしのびないと、あえて厚めのデザインにしたと言います。
「始末よく使いまわす」精神はここにもあらわれています。
さらに裏側には、指が入るくぼみがあり持ちやすいなど、
細かな使い勝手も考えられています。
伝統をつくり変えていくこと
今までつくった商品や試作の数々。
箱根や小田原の伝統工芸・寄木でつくったコーヒーミル。
周りに理解されない状況にもめげず、「銘木椀」をつくり続けて20年。
年々厳しくなる国産の材の確保や、
時代の変化の中で若い職人の生活を守り工場を維持していくことなど、
苦労は絶えません。
「県や市からの補助金は受けられないんです。
うちは伝統工芸っていうわけでもないから。
でもね、伝統ってだんだん変わっていくもんだと思うんです」と利弘さん。
そう信じるからこそ、常に新しいことに挑戦し、乗り越えてきました。
そして、商品をつくるときにいつも心がけているのは、
「忙しく子育てをしている方や、夜遅く疲れてやっと家に着く方、
1人で食事をとる方、料理が得意な方、
皆さんが使いやすく、食卓で自然を感じてほっとしてくれるように」ということ。
そのあたたかな想いが伝わるからこそ、
「今までにないようなかたち」と当初利弘さん自身も感じたような
新しいお椀である「銘木椀」が、
今では多くの人に愛される定番のお椀となったのです。
「銘木椀」や間伐材檜のシリーズは、タブーに挑戦して生まれた商品です。
きっとこれからも、日本の木、日本の手仕事を大切にしながら
伝統に挑戦するものづくりを続けていってくれることでしょう。