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「松野屋」松野弘さんに教わる 今の暮らしに合う荒物のこと

「松野屋」松野弘さんに教わる 今の暮らしに合う荒物のこと

2018年5月公開

プラスチック製品や電化製品が主流になる以前に、
日本の生活の中で当たり前に使われていた「荒物雑貨」。
昔の道具というイメージを持っている人も多いでしょう。

しかし、荒物は、今でもつくり続けられている現在進行形の道具。
長年改良や試行錯誤が重ねられ、耐久性や使い勝手に磨きがかかっているのです。
そんな荒物なら、「こんなふうに使える道具があれば」
「自分だったらこういうものを使いたい」という、
いつの時代でも尽きない道具への欲求を解消してくれるかもしれません。

そういった、現代の暮らしに合う荒物やその取り入れ方について、
日本全国の職人を訪ね歩き、独自の考えで荒物を吟味する
荒物問屋の代表格「松野屋」店主・松野弘さんにお話を伺いました。

松野屋・松野弘さんのこと


松野屋店頭

▲馬喰町の店頭。
卸売り専門で、全国からバイヤーが商品を仕入れに訪れます。

「松野屋」は、自然素材を中心とした日用品を、雑貨店などに卸している荒物問屋です。
プラスチック製品や大量生産の日用品が大多数を占めている現代において、
ざるやかご、ほうきにちりとりなど、昔ながらの荒物が持つ使い勝手のよさを伝えるため、
既存の荒物の発掘だけでなくオリジナル商品の開発、
イベント開催、メディアでの発信などを積極的に行っています。
今でこそ、荒物問屋の代表格として名前が挙がる松野屋ですが、
1945年の創業当時は、鞄問屋でした。
時を経て、1993年に3代目である松野弘さんに代わると、
鞄だけでなく、日用品を幅広く扱う荒物問屋へとその姿を変えていきます。

松野弘さん

▲松野弘さんは、荒物に携わって約35年。
以前から、国内だけではなく、海外の荒物にも注目しているそう。

幼い頃から家業の影響もあり、 学生鞄や築地の集金鞄、銀行員の鞄など、
使用目的に特化した、日本のプロ仕様のものに魅力を感じていた松野さん。
「素朴でシンプルなつくりでありながら、丈夫、そして使い勝手のいい道具が
人の手で生み出されていくってことが大好きだったんですよね」。

他にも、70年代アメリカのアウトドアグッズやヘビーデューティーと呼ばれる
機能性・耐久性に富んだアイテムや
「サープラスグッズ」と呼ばれる軍物の服やバッグ類、民藝などにも惹き込まれていきました。
アメリカのジーンズやトートバッグ、サープラスグッズなどは、
無骨ではあるけれど、頑丈なつくりで、使うほどに馴染み、経年変化も楽しめるところに。
そして民藝には、実用的な道具としての美しさへのこだわりに魅せられました。
丈夫でありながら、使い勝手のいい道具が人の手で生み出されていくことに魅力を感じ、
自身もつくり手として、1977年から1981年まで京都の帆布製品の老舗「一澤帆布店」で
鞄や帆布製品のノウハウを学びます。

その後、松野屋3代目店主となり、
昔から惹かれてきたものたちと重なる魅力を感じる荒物を扱うようになりました。
「名のある作家や一流品がいいのはわかっているんですが、
もっと庶民に身近で、多少雑なところがあっても手に馴染んで、
毎日気負いなく使えるもののよさも大事にしたいんです」と松野さんは言います。

松野弘さん

▲群馬で出会ったほうき職人の方との一枚。

扱う荒物は、松野さん自ら全国の職人を訪ね歩いて見つけてきたものばかり。
これまで、47都道府県すべてを見て回った松野さん。
各地を訪れると、生活用品を扱う店を訪れるだけではなく、
道の駅などで何気なく売られている道具にも注目します。
「自分だったらこういうものを使いたい」という生活者の眼差しで探していき、
それに適う道具があるとすぐに職人さんのもとを訪ね、
どこで誰が、どんなものをつくっているのか自分の目で確かめます。
材料や工程、職人のこだわりなどを把握し、
サンプルとして自宅で実際に使ってみることで、扱う荒物を吟味していきます。

そうした確認作業を経て、松野屋のコンセプトに合う荒物が店頭に置かれているのです。
細かなところにもアンテナを張り、道具を深く知ったうえで取り扱うことを決める。
そんな真摯な姿勢が、多くの人に荒物との出会いを与えてくれています。

松野屋が提案する「平成の荒物」

市場かご

▲篠竹市場かご

そもそも荒物の一般的な定義は、「普段使いの暮らしの道具」。
ざるやかご、ほうきにちりとり、おろし金、たわし、やかんなど、
素材に限らず、プラスチック製品やガラス、金属の道具だって荒物です。
もっと極端に言ってしまうと、
100円ショップやホームセンターで売られているものも、荒物の枠内。
「荒物」という言葉が広い意味を持つ中で、
松野さんなりの定義があります。

「使いやすさはもちろん、なるべく自然素材で
普段使いできる丈夫なもの。買いやすい値段も大切ですね」。
この定義の原点であり、お手本としているのが、
松野さんが子供だった昭和30年代に、どの町にも一つはあった「荒物屋」。
当時は、「アラモノヤ」ではなく、「アラモンヤ」と呼ばれていて、
店内には、天井からも道具がぶら下がり、所狭しと日用品が並んでいました。
そして、荒物屋に並ぶ道具は、常に町の人々の生活の傍にあったといいます。

松野屋店頭
松野屋店頭

▲松野屋の店内には、用途も素材も様々な道具がぎっしり。
一見共通点がなさそうですが、これらは全て「荒物」という枠に収まります。

そんなかつての荒物屋をお手本に、
松野屋は「平成の荒物屋」として、
なるべく自然素材の荒物を扱い、
現代にも合う荒物やその使い方を提案し続けています。
「私の主観ですが、
荒物の価値は、毎日の家事を手際よく行える実用性にあります。
それから、経年変化が楽しめるほどの丈夫さがあること。
例えば、青から茶褐色(ちゃかっしょく)になるほど
長く使える竹かごのようなもの」。
プラスチック製品は、使うごとに劣化し、
商品によってはすぐに壊れてしまいます。
また、お手本にしているかつての荒物屋には、
プラスチック製品がほとんどなかったことから、
松野屋でもプラスチックの道具は扱いません。
そして、ガラスやトタン、アルマイトなど自然素材以外にも
松野さんの定義に当てはまる、優れた荒物はたくさんあります。
そのため、自然素材に強くこだわらず、
“なるべく”自然素材を扱う、という柔軟な姿勢で
扱う荒物を決めているのです。


薬瓶

▲歯医者さんで使われている「薬瓶」。
もともとは業務用でも、定義に当てはまれば、
松野さんの枠組みの中では荒物になります。

「そして、それに見合う値段が荒物にはつけられています。
2万円台の『あけびのかご』なんかは、高額な気がしますが、
職人の長年の経験から厳選される素材でつくられることによって
何十年と使い続けられるので、長い目で見たら妥当な値段。
似たようなかごを安く買ってもすぐに壊れてしまうのでは、
何回も買い換えて、余計なお金を使ってしまうことになりますからね。
道具の価値を裏付ける理由のある値段は、
安心できる買いやすさを生む大切な要素です」。

厚口グラス

▲「厚口グラス」は、多少手荒く扱っても割れない丈夫さがあり、一般の家庭での日常使いにも最適です。

松野さんのお話を伺っているときに、ふと気が付くと、
出していただいたお茶のグラスも、松野屋が扱う荒物の一つでした。
もともと居酒屋の業務用につくられた「厚口グラス」は、
その名の通り、厚手のグラスでできているので、
多少雑に扱っても割れない丈夫なつくり。
熱燗や冷酒を楽しむ呑兵衛が集まる居酒屋にぴったりな、
熱いものは冷めにくく、冷たいものはぬるくなりにくいという性質は、
家庭でも重宝することでしょう。

耐久性があり、使い勝手のよさ、それに見合った手頃な値段……と
道具としてとても魅力的な荒物ですが、
大量生産や大量消費の時代が訪れ、安価な日用品が増えたこと、
電化製品が増えたことで、使う人が減少。
竹かごやアルマイトの食器は安価なプラスチック製品、
ほうきは掃除機、たわしは食洗器へと、家庭での必需品は変わっていきました。
しかし、多くの使い手から目を向けられなくなっても、
荒物は、生活必需品としてつくり手に使われ、残り続けていました。
そして、つくり手自身が使った感想や、少ないながらも使い手からの声を参考に、
悪い部分があるとより耐久性や使い勝手のよさを求めて、改良され続けていたのです。

一旦は安さを選んでいた消費者も、安価な商品や海外のコピー商品は、
実際に使ってみると使い勝手が悪かったり、すぐに壊れてしまうことに気が付いていきます。
そして改めて、日本製品のよさを実感。
他にも、環境問題が深刻になるにつれ、
使い捨てに対して嫌悪感を持つ人が多くなったことなどをきっかけに、
現在では、日本国内で荒物も改めて見直され始めているのです。

豆バケツ

▲ころんと見た目にもかわいらしい「トタン豆バケツ」。
りんごが3~4個ほど入る、小物入れにもぴったりなサイズです。

ほうきや杓文字(しゃもじ)のように昔からかたちを変えず、
活躍している荒物もありますが、
松野屋では、今の暮らしに合わせて開発した
オリジナル商品も扱っています。

なかでも「トタン豆バケツ」は、代表的なオリジナル商品。
一般的なバケツのサイズは、直径25~30cmくらい。
一方こちらは、直径18~20cmと小ぶりです。

大阪工場

▲「トタン豆バケツ」をつくっている大阪の下町にある町工場。
他にも、通常サイズのバケツやトタンのじょうろなどをつくっています。

「トタン豆バケツ」は、松野屋が普段、トタンのタライやバケツなどを仕入れている
大阪の町工場を訪れた時に、松野さんのアイデアで生まれました。
きっかけは、工場の床に転がっていた
どぶさらいなどに使う大きな柄杓(ひしゃく)の頭。
「はじめは、そんな大層なひらめきがあったわけじゃないんです。
小さな見た目がかわいらしくて、バケツにしたら受け入れられそうだなと思って」と松野さん。
製品化を進めていくと、サイズを小さくすることの見た目だけではない利点が見えてくるように。
大きなサイズのバケツに、水を入れて移動するのはちょっと大変。
サイズを小さくして、軽くすれば、水を入れても持ち運びしやすくなります。
そのうえ、収納場所が限られていても、コンパクトに収まります。

柄杓の側面にある柄を取り付ける突起を無くし、
持ち手を付け加えれば、小さなバケツの完成。
持ちやすくするため、持ち手を木材にすることにもこだわったことで、
見た目にも、自然素材の柔らかい雰囲気が加わりました。

最初は何気ないひらめきでしたが、
バケツの持つ欠点を解決し、現代の住環境にもぴたっとはまる、
今の暮らしに合うものが生み出されました。
「トタン豆バケツ」の大は直径20.4cm、小は直径18cmほどで、
どちらもちょっとした掃除の時にあると便利。
柄杓とセットにすれば、ベランダに置いている植物の水やりになんて使い方もできます。

多種多様な技術の継承

ミヨさん

▲縄を綯(な)う作業。
手の平をすり合わせて、ワラをより合わせることで一本の縄をつくります。

荒物のつくり手は、驚くことに70~90歳近くにもなる、
おじいさんやおばあさんばかり。
つくり手として専門的に行っている人もいれば、
農業の合間を見つけてつくっていたりなど、つくり手の事情も様々です。

炉に炭を入れるときに、釜をよけておくための置き場所として使われていた「ワラ釜敷き」。
ドーナツ型だから、底が丸い鍋を乗せても抜群の安定感があるうえ、
道具としての温もりも感じられることから、cotogotoでも人気の荒物です。
そんな「ワラ釜敷き」は、新潟県佐渡島の80歳を過ぎたおばあさんと、
息子さんのお嫁さんの2人によって編まれています。

ミヨさんの手元

▲綯(な)ったワラを芯材に丁寧に編んでいきます。
絶妙な力加減で編まれたワラは、きちんと揃った美しい編み目に。

「ワラ釜敷き」は、手足を使って、
芯材にワラを巻いて編み上げてます。
2人の作業場は、自宅の一角に設けた小さなスペース。
おばあさんは、小さな頃から農閑期に農作業の道具や
日用品などのワラのものをつくっていた大ベテランです。
お嫁さんは、14年ほど前から「ワラ釜敷き」をつくり始めましたが、
それまでは会社勤めをしていました。
退職を機に、おばあさんに習って
一緒にやっていこうと決めたといいます。
今ではワラを綯(な)うことも、編むことも
2人で手分けしながら助け合って作業しています。


ワラ釜敷き

▲丈夫でクッション性も抜群な「ワラ釜敷き」が完成。

おばあさんのように、昔からコツコツとつくり続けてきた人もいれば、
お嫁さんのように定年退職後の第二の人生として、ものづくりを始めた人もいます。
しかし、様々な仕事の続け方があるといえども、高齢化が進み、
継承されずに消えていってしまう荒物があることも、また事実です。

御用かご

▲元々は、自転車の荷台にくくり付け、荷物入れとして使われていた「御用かご」。

かつて新潟県でつくられていた「御用かご」は、継承されずに無くなってしまった荒物の一つ。
多くの荒物が消えてしまう大半の理由は、つくり手の高齢化です。
「次に教えようとする前に、つくり手さんが亡くなってしまうんだよね」
と松野さんは、寂しそうに一言。

昔から何度も改良が重ねられ、先人の知恵が詰まった荒物の技術を継続させるためにも、
大切なのは「需要を生み出すこと」だと松野さんは言います。
「つくった物が売れる」という安定した需要があることで、
つくり手たちが、安心して仕事を続け、技術を学びたいという人も現れやすいからです。
その需要を生み出すための動きの一つが、オリジナル商品の開発です。
先程紹介した「トタン豆バケツ」はもちろん、
今の暮らしに合わせた様々な商品を生み出すことで、
少しでも多くの受け継がれてきた技術を残そうとしているのです。

暮らしを快適にする荒物の力

和ぼうき

▲栃木県で1本1本丁寧につくられている「和ぼうき」は、
フローリングを傷めない、柔らかさが特徴。

多くの荒物に囲まれている松野さんは、実際の暮らしに
どのように荒物を取り入れているのでしょう。

例えば、掃除のとき。
松野家では、掃除機に加え、ほうきも併用しています。
掃除機が開発されたことで、ほうきを使う家庭は激減し、
ほうきのつくり手も数えるほどに。
家の中を綺麗にするとなると、ほとんどの家庭が掃除機を使う時代になりました。
しかし、松野さん宅では、ほうきのよさ、掃除機のよさ、
それぞれのよさを活かして使い分けているそう。
「夜中遅く帰ってきてちょっと掃除しようと思った時、ほうきを使います。
音が鳴らないから静かで、ふと思い立った時に時間を気にせず、
ちょっとした掃除ができるんですよね。
そして、休日には掃除機を使って、端から端までしっかり掃除するんです」。

気軽にさっと使える道具として、ほうきも併せて使えば、
いつでも小綺麗、こざっぱりとした気持ちのいい暮らしになります。
掃除機は使わずに、ほうきだけを使うのではなく、
どちらにもそれぞれの長所があるから、併用する。
そんな臨機応変な使い方も、荒物を上手に取り入れるコツなのです。

荒物に花

▲松野さん宅で、実際に花を活けている様子。
岩手県北部でつくられている「ツボケ籠」は、元々は紐を通して腰に提げ、農業や山菜取りに使われていました。

荒物に花

▲アルマイトの「マッコリカップ」には、
白いやまぶきの花を活けて。

他にも、松野さん宅では、使っていない荒物を
仕舞い込んだり、捨てることなく、花を活ける道具として使っています。
背の高い植物には、高さがあって安定感のあるかごを。
鉢植えをかごに納めれば、手軽に印象をガラッと変えることができます。
他にも、錆びにくいアルマイトの食器に花を活ければ、
キッチンや洗面台など、機能性重視で無機質になりがちな水周りにも置けて、
空間を華やかに彩ってくれます。
ガラス系の花瓶よりも、アルマイトは丈夫なので、
作業をすることが多い水回りでも、壊れる心配がなく、安心して飾ることができます。
これらは、ほんの一例ですが、様々な役割を担ってくれる荒物は、
ちょっとした工夫で暮らしの中のあらゆる場面で活躍してくれるのです。

電化製品やプラスチック製品にも、荒物にも、どちらにも違ったよさがあります。
どちらか一方しか使わないのではなく、
それぞれ臨機応変に使い分けてしまえばいいのです。
これまで荒物を使ったことがなかった人も、
まずは、道具の長所を知って、松野さんのように自由な発想で
荒物を使ってみてはいかがでしょう。
自分の暮らしに合わせた使い方・アレンジを加えることで、
荒物は、毎日の家事を手際よくしてくれるだけでなく、生活に彩りを添えてくれます。

「この道具をどう使おう?」と考えているだけで、わくわくしてきませんか。
そんなわくわくも一緒に楽しみながら荒物を取り入れれば、
日々の暮らしが今までより豊かになるはずです。

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